大阪市の職員の中に入れ墨をしている人が100人もいるというのはそれだけで驚きだが、橋下市長が職務規律の問題だとしている点については、疑問なしとはしない。
公務員は公共的な仕事に就くのだから、公共的であることに責任を持たねばならない、という橋下市長の考え方は支持できる。そこに、「自由」や「人権」の問題は存在しない。「入れ墨をしたい」というのは、私的な自由であり、私的な権利なのだから、それが認められる職業につけばいいだけのことだ。
ただ、市長が、ゆえに職務規律に違反するのだから、規律違反の処置を取るという点には、いささか疑義を感じる。
入れ墨が、公共的な仕事において、市民に極度の不快や恐怖感をいだかせるのであれば、これは、公共的なことの責任という点
にふれるだろう。しかし、これは、服務規律違反だから責められるのではなく、それが公共的な職務を遂行するのに著しく障害になる、あるいは具体的に威嚇などを与えているから、責任が問われるのだと考えたい。
「規律違反」ととらえると、逆の立場から「人権侵害」ということに根拠をあたえかねない。
入れ墨が、単なるファッションで、多くの人たちが「飾りのひとつ」と受け止めるように時代が変われば、「公共的なこと」に対する責任の問題も変化すると考えた方がいいのではないか。もちろん、それに」応じて、規律の方も改正されていけば(そういう改正の方途が常に用意されていれば)いいわけだが…。


by ニュースペース
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